韓国に到着する前に送ってもらった招待状には、私のレクチャーは初日6日の午後1時からとなっていたのだが、会場に行ってみると変更になっていて6日午後3時ということだった。
オープニング後、会場を回っていると主催の朝鮮日報の記者から取材を受けることに。インドの教授はどこかに消えてしまってつかまらないので残り3人で会場の片隅に座って一人ずつコメントをした。
私は「これだけの大きさの会場にこれだけの作家数を詰め込んで熱気とパワーを感じられるイベントだが、作品をしっかり見られる展示状況でないのが残念。」
「韓国作家はカラフルで割りと派手目の作品が多い印象。モチーフに人物が多く見られ、人物の表現も空想的だったり物語的というよりは現実の自分自身の姿や身近な願望を反映している内容が多い印象を受けた。それ以外にも日常の道具など生活にまつわるモチーフがほとんどで抽象的な作品はあまり見られないのが特徴的だった。今の韓国作家の興味を素直に反映しているのだろう」
「今回は販売するという目的があったため、もしかすると販売を強く意識した作品が多かったのかもしれないが、若い作家にはそれ以外の表現にも果敢に挑戦してもらいたい。」
といった内容をコメントした。
ここで気が付いたのが、海外から来ているゲストを世話してくれる担当者が誰もいない状態。オープニングセレモニーの最中も荷物を預かってもらえる場所もなく、何時にどこに行かねばならないのかとか昼食はどうするのかなどまったく連絡がない。
昼食はもしかしたら会食の場が用意されているのかもしれないと思っていたのだが、そんな様子もないので勝手に外に出て食べることにした。が、その前に一言誰かスタッフを捕まえて今後の予定を確認することにした。
すると「さっきのレセプションの軽食を食べなかったのか?レクチャーは始まる前に奥の会場に行ってくれたらよい」と1階奥(会場図面左端)のレクチャー会場に連れて行ってくれた。会場から出て戻るときにはどうするのか聞くと、ようやくビジターパスをくれた。これで安心して会場外で軽く昼食をとって台湾キュレーターのレクチャーをちょっと覗いた。
前に立ってプロジェクターも使わずに話し続ける台湾キュレーター。会場には出品している台湾作家も何名か来ていた。彼女の次が私なのでレクチャー途中で裏に引っ込んで少し準備。
私のレクチャー時間少し前になってようやく通訳の女性も到着。私はプロジェクターを使うので前のレクチャーが終わるとすぐに持参したパソコンとの接続を確認し、話す場所もプロジェクターの横で座ってすることに。

これはレクチャーを始める寸前に通訳の子が撮ってくれた会場の様子。思ったよりも人が集まっていた。開始寸前にざっと話の内容を通訳に説明して、主催者側からの紹介も案内も何もないまま時間が来たのでレクチャーをスタート。
前半は名古屋のアートオルタナティブについて画像を見せながら紹介。+Galleryはもちろん歴史を追って70年代の8号室、80年代のASG、90年代からのN-mark、dot、キワマリ荘など、名古屋はアーティストランなどのオルタナティブな活動が盛んであることを紹介。やはり画像で紹介するので皆興味深く見てくれた感じ。
後半は日本のアートフェアについて、名古屋コンテンポラリーアートフェアやNICAF~アートフェア東京、アート@アグネスやアート大阪など現在日本で開かれているアートフェアを画像や来場者数、売り上げ金額なども分かる範囲で紹介。日本のオルタナティブな活動がアートフェアに参加している例をボイスプランニングやAANの例を挙げて紹介。
コマーシャルギャラリーが参加するアートフェア、主にアーティストが主導するオルタナティブな活動、横浜トリエンナーレや越後妻有トリエンナーレなどの巨大アートイベントが日本では動いているというまとめで終了。話が終わった後にはいくつか質問もあって来てくれた韓国の人たちの関心の高さを知ることが出来た。
しかしちょっと通訳のタイミングや言葉の選び方など気になって、話がスムースに出来なかったことを反省。逐次通訳の難しさを実感。次の機会には話を切るタイミングを事前にちゃんと打ち合わせねば。
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